孫市の街まちづくり
和歌山市駅前【孫市の街】のまちづくりと雑賀衆の取り組みを紹介して行きます
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寄稿文
(財)和歌山社会経済研究所の研究所報「21世紀WAKAYAMA」に
今年10月13日締め切りで寄稿を依頼されました。原稿を書くに
あたって研究所報VOL.44(2004.11.30発行)に2年前に書いて
掲載された「雑賀衆の本拠の街『孫市の街=和歌山市駅前』」
を改めて読み直して構想を考えているところです。

久々に読んでみて甲冑姿になった原点がそこにありました。
今回は、その後の2年間の取り組みについてが主な内容になり
ます。わかやまの底力・市民提案実施事業についてもふれたい
と思います(^^ゞポリポリ



表彰式
9日は、わかやま底力市民提案実施事業「翌年度部門」の
表彰式が市長室でありました。
孫市の会の役員7名が出席しました。

今回表彰式ということもあり、夏風邪気味だったこともあり
甲冑姿は、足軽さんにお願いしました。



えらい正式に表彰してもらい来年度実施事業で
できるだけ成果を残そうと決意を新たにしました。



三枚目の写真は、市長さんや担当部課長さんらと
今後のことなど談笑〜目の前には、和歌山城見えるし・・
やっぱあそこは、いい場所ですね。



写真の加工
今日は、写真の加工をしました。
商店街のパンフレットを作る一環で
日頃の商売姿を撮影して人物のみ残すことにしました。

23軒とも出来るのは、いつになるかな(^^ゞポリポリ
まあ・・気長に空いた時間を使ってやっていくことにしました。


桜満開の道路の真ん中に魚屋さんと呉服屋さんを並べてみました(^^ゞポリポリ

孫市の会 総会
「孫市の会」総会は、2006年1月31日(火)午後7時半より9時まで
城北連絡所2階会議室において開催されました。

各自の自己紹介からはじまりました。
ご自身のこと雑賀孫市とのかかわりや思いなど語られました。

会則や役員について論議したほか、
春の時代祭りについても活発に議論しました。

祭り名称を継続的なきっちりとした名前に決めておいた方が
良いとの意見が出されました。
それで、昨年の名称:「鷺森御坊と孫市の街 花まつり」
からより良い名前をいろいろ案が出されました。
さくら祭り、花祭り・・等々。
最終的に「孫市まつり」に決定しました。

開催日時については、4月1日(土)か2日(日)が候補にあげられました。

速玉大社の弁慶像
13日は、熊野本宮大社と熊野速玉大社へ行って来ました。
新宮市では、新宮城(丹鶴城)跡も周りました(^0^)/





そして・・念願のチェーンソーによる弁慶像も見ました(^^)v



道中は、山中を抜けるコースをとったので、雪に遭いながらも
なんとか無事帰って来ました(^^ゞポリポリ

社経研「21世紀WAKAYAMA」47号
社経研機関誌47号が11月30日発行されました。
一番興味深く読んだのは、文芸春秋新書編集部次長 和賀正樹氏の
「品格なくして地域なし 和歌山県を伸ばすかもしれない9の僻論」です。

和賀氏による和歌山県を伸ばすご提案は、次の9つです。
 1.和歌山市民憲章の改定を
 2.振興局から県民局へ
 3.景観保存の先進地たれ
 4.県紙の育成を
 5.和歌山駅前に郷土の偉人の銅像を
 6.県内の河川からダムの撤去を
 7.「新宮川水系」の撲滅を
 8.熊野本宮大社の大斎原への遷宮を
 9.県はパーセント法制定の推進を



詳細は、47号を手に取りお読みください。
目下の関心事は、なんと言っても5の「和歌山駅前に郷土の偉人
の銅像を」です。

和賀氏は、銅像の必要性について次のように書いてくれています。
    ☆    ☆    ☆    ☆
 和歌山市はどうか。市駅前も和歌山駅前も、なにもない。
 空虚な広場があるだけだ。南方熊楠、陸奥宗光、野村吉
 三郎の像があっていい。いや時代がかった銅像など不要
 なら、紀の国を象徴する何かがあってほしい。市民には
 郷土の歴史を再認識、外来者には来訪のよすがとなる装
 置である。鹿児島の中・高校生たちは、通学の朝な夕な
 に、先輩たちを仰ぎ、無言のうちに鼓舞されている。

雑賀孫市という名前は、あがっていませんが、
和歌山市駅前に雑賀衆の本拠の街のシンボルとして
是非とも雑賀孫市の像を設置したい。。そう考えています。

南海の急行が特急に特化〜♪
南海電車のダイヤが27日に変わりました。
和歌山市駅からなんば間の急行が減り特急に特化されました。

南海電鉄によりますと、平成5年の和歌山市駅の一日の乗降者の数は
平均3万2千人で、これに対して去年は平均で1万9千人とおよそ40%
減っている状況だそうです。

南海電鉄では、平日の昼間の時間帯は一部座席指定車も含めた特急
列車に特化し、30分間隔の運行をしていくことで減便をカバーしたい
としています。

ところで、このダイヤ改正から泉佐野駅の下り線の高架が完成される
ことから、和歌山方面から関西空港に行く場合の乗換えが同じホーム
でできるようなりました。また、関空へのアクセスの利便性を高める
ために、泉佐野から関西国際空港の特急ラピートの特急料金として、
大人100円、子ども50円を新たに設定しているとのことです。

      ☆      ☆      ☆

ここ数年、一日の乗降客が2万7千人〜2万3千人と聞いていましたが、
昨年は、とうとう2万人を切ってしまったんですね。こう乗降客が減少
したら減便もやむを得ないかもですが・・また一つ街活性化と逆方向
の事柄が増えたので・・・なんとかしたいです。大阪や関西圏に用事
の時にいつも使ってる南海電車をもっともっとみんなで守り立てて行
くべきだと思います。



『なぁんなぁん南海電車〜♪南の海をはしってく〜♪』
南海電車は、僕らの子供の頃より和歌山へ希望を乗せて走る電車
でしたし、これからもそうあってほしいです。。。
そう、節に願うばかりです(・・,)

雑賀鉢発祥の地


2日、雑賀鉢発祥の地の看板の絵を原クンにお願いしました。
さっさぁ〜っとほんの数時間でこんな看板が仕上がりました。
6日の孫市の街ウォーキングの際には、雑賀鉢発祥の地で
参加者をこの看板が迎えるのですよ〜(#^ー゜)v



今日4日、商店街役員のYさんと現場に設置完了しました(^^)v
こんな感じになりました(^^ゞポリポリ

和歌山城と夕日
若松さんのことは、和歌山市議会でも話題になっていました。
成功例の参考として視察にも行かれた議員さんもいたようです。
僕も講演テープを聴いてすごいなぁ〜って思いました。
若松さんのような発想と行動力で町おこしができればと、思いました。

でも・・悲しいかな凡人の僕には、ありきたりの案しか浮かびません。
一歩ずつ雑賀衆や雑賀孫市の街をアピールしていくしかない・・・
そしてその時々の事柄に乗って連想したことしかできません。

ただ安易に真似だけは、したくない。
若松さんの物語は、若松さんのであり、和歌山には和歌山の
ストーリーがあると思うからです。夕日で町おこしするにも
和歌山独自のストーリーがあると思います。

私どもは、雑賀衆で町おこしをするのですから、どこにも先例は
ありません。自ら切り開いて行くしかないと思います。



9月15日和歌山市議会で、奥山昭博議員が「和歌山城55プラン」
なる提案をしたそうですが、私にはうなずけないです。
そのストーリーが若松さんの焼き直し、若松さんの取り組みを
単に和歌山城に持って来ただけだからです。

奥山議員の提案には、下の2つがあります。
○若者をターゲットにした「ロマン溢れるストーリー」として
 五の付く日に天守閣からカップルで夕日を見ると五年以内に
 結ばれる

○夕日に向かって梅ちくわを食べると幸せになる確率が倍増

これらは、若松さんの「夕焼けソフトクリーム」などに代表される
ヒットストーリーの焼き直しです。
「学生諸君、双海公園にデートスポットができたことを知っていますか。知らない人は遅れいている。東京や大阪では大変有名になっている」とうそをつく。「シーサイド公園でソフトクリームを買って、階段の護岸に座って沈む夕日に向かってお祈りすれば、2人は幸せになれる。」

詳しくは、ネットにも若松さんの講演内容がありましたので読んでください。講演会レポート「若松進一氏」双海町役場地域振興課長
http://www.eco-spo.com/pdf/mana-waka.htm

綺麗な夕日と海しかないシチュエーションで若松さんのストーリーは、成功しました。夕日は、むしろ和歌山城で見るより、雑賀崎で見る方が綺麗だと思います。それに夕日では、雑賀崎でトンガの鼻自然クラブ
さんが、長年がんばっていらっしゃいます。付け焼刃で和歌山城に夕日を持ってくるのは、どうかと思います。

和歌山城には、変な付加価値を付けようとせず王道で進めればいいと思います。まして奥山議員の「名古屋城の向こうをはって伏虎像を金にする」という無謀で無駄なことをしないでもいいと思うのです。

吉宗は質素倹約で、尾張の徳川宗春は派手でした。
だから和歌山城が質素で名古屋城が金の鯱で豪華絢爛で
いいじゃないですか。

和歌山城は、和歌山城らしく質素倹約から発想するアイデアで
和歌山城のストーリーを組み立てて行った方がいいと思うのです。
和歌山城は、市内中心部のどこからでもよく見える和歌山市自慢の
名城です。大坂城のように大きくて街から遊離している雰囲気でなく
街とともに息づく市のシンボルとして貴重なお城です。

秀吉が紀州攻めをして雑賀衆を滅ぼした後に出来た城は、
それ以前の歴史上にも立っています。和歌山城の歴史と
シチュエーションの中から生まれてくるストーリーこそが
和歌山城を活性化させる本当のプランだと思います。

最後に若松さんの言葉を紹介して締めくくりとします。
「町づくりには、3つのキーワードが必要と思っています。1つは楽しいこと。2つ目は新しいこと。3つ目は美しいこと。この3つがあること、物語をつくったところが生き残っていけるのです。」
18日夜から変わりました!
16日にお知らせしました市駅前の看板ですが、
すでに18日夜から変わっています!




     クリックすると全体の写真になります(^0^)/

市駅前看板
10月から市駅前看板が変わります!
(下の絵をクリックすれば全体像が見れます(^^)v)



そうです。。。

ようこそ和歌山

 戦国の鉄砲大将

 雑賀孫市の街へ


と看板に入ります。