孫市の街まちづくり
和歌山市駅前【孫市の街】のまちづくりと雑賀衆の取り組みを紹介して行きます
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ウォーキングで街なか再発見


27日付けのニュース和歌山一面に「ウォーキングで街なか再発見」が載りました。
「雑賀孫市にちなんだ場所を巡る団体もある」と孫市の会の活動も紹介されています。

さらに、雑賀孫市のウォークを企画したのは、和歌山市駅周辺を「孫市の街」と
アピールしている「孫市の会」(森下幸生会長)。昨年11月、参加者は信長との
合戦の際に孫市が血のついた槍を洗ったと言われる手水鉢が残る専光寺、
雑賀鉢と呼ばれる兜を作っていた宇治界隈など市駅周辺を巡った。

今年は11月3日にバスを利用し、本願寺の本拠があった弥勒寺山(現・秋葉山)
と市駅周辺を巡る計画だ。
このほか、南海電鉄が新和歌浦や和歌山城界隈をテーマにウォークを計画している。
雑賀町


8月27日付わかやま新報に「雑賀孫市が暮らした町〜雑賀町」
と題するコラムが掲載されました。このコラムは、雑賀町を
「戦国時代に活躍した雑賀衆の鉄砲大将、雑賀孫市がこの辺りに
住んでいたことからその名がついたらしい」と紹介している。
しかし、この根拠はなにもありません。

雑賀孫市、本名:鈴木孫一重秀の本拠は、和歌山市の平井・大谷
でありました。 市博学芸員の太田さんも「雑賀町は天正の頃、
雑賀孫市が住んだから名づけられたと一応伝えられます。これも
全く根拠がない話です。」と以前説明してくれました。これは、
江戸後期の『紀伊続風土記』に書かれているだけで、戦国時代
当時の根拠がなにもないからです。

では、実際どうだったのだろうか・・・市博学芸員の武内さんは、
一個人の仮説としながら次のように説明してくれました。
「雑賀町は、雑賀本郷の住人が移り住んだので雑賀町と呼ばれた
のだろう。」

というのも、戦国時代、問題の場所は、川で人が居住できる場所
ではなかったとのこと。雑賀本郷とは、雑賀庄内の一つの郷であり、
雑賀庄全体の鎮守である矢ノ宮を村の産土神とする関戸、西浜、
宇須、塩屋、小雑賀の五村に、和歌浦を加えた雑賀庄南部の地域
である。和歌浦の住人が移り住んだ和歌町があるのでそれ以外の
関戸、西浜、宇須、塩屋、小雑賀の住人が移り住んだと考えられる
そうです。

一時、雑賀孫市が雑賀衆のリーダーとなった時に鷺森御坊に詰める
際に便利なように近場の雑賀町に住んだのかなぁ〜と思いましたが、
どうも住んでいないと結論づける方がいいようですね。
和歌町も和歌浦の住人が移り住んだので、和歌町と呼ばれたように
雑賀町も同様に考えるのが、一番妥当であると思いました。
ラジオ出演!
行って来ました(^0^)/ ラジオ出演!WBS和歌山放送へ



メイン司会の小林睦郎さんも雑賀鉢をかぶって
おおはしゃぎでした。私が兜を持って入るなり
手にとって反対にかぶったのには、びっくり?!
番組ブログにも<子どものようにはしゃぐ睦郎さん★>
と書かれていました(笑)



それからアシスタントは、宮上明子さんでした。
昨年9月25日以来スタジオでご一緒させていただきました(^^)v



孫市の会のこと、兜や鎧のこと、お祭りのことなど
楽しくしゃべらせていただきました。結構聞いてくれて
いた人、多かったみたいです(^^ゞポリポリ
18日付わかやま新報


18日付わかやま新報に「孫市の街!市駅夏まつり」の
告知記事が載りましたので、紹介します(^0^)/
トリック2での甲冑姿
先日、トリック劇場版2を見に行ってきました。
実は、最近の再放送でトリックにはまってしまった
にわかトリックファンです(^^ゞポリポリ

いつものようにバカバカしく笑える(爆)
楽しくちょっぴり謎解きも面白い映画です(^^)v(^^)v
にわかファンとしては、エンディングはやっぱり
鬼束ちひろさんの歌が流れるエンディングの方がいいですね。

主演の仲間由紀恵さんは、大河の千代を演じています。
「ごくせん」で人気を博し、AUのCMに出てトリックでも大活躍!
いま乗りに乗っていますねo(^-^)o

僕的には・・・
トリックの山田奈緒子のキャラが一番好きですね(*^。^*)

楽しく観た中で
一箇所だけ格好いいなぁ〜と思ったシーンがありました。
それは、山田が鎧を着て兜を脱いだ姿で決めるシーン。
兜をかぶってる姿がおもっちゃだったので余計に
カッコいいなぁ〜思いました(^^ゞポリポリ


        映画パンフレットより

どんな鎧かは、甲冑愛好家の第一人者である一海さんが
観に行って確認して来てくれそうです。予告編でちらっと
見た感じでのコメントは・・・
「一瞬でしたが、あの鎧・・・恐らく赤糸縅二枚胴具足で、
 当世小札ではないだろうかと推測しています。」 とのことです。

 
       予告編をたまたま録画してたので静止画を紹介!

一海さんがトリック劇場版2を観に行く予定だそうなので
観ていただいた上での甲冑解説を楽しみにしたいと思います。

雑賀鉢
関心ないということは、ほんま観察力ないですね(^_^;トホホ
最近つくづく痛感しました(^^ゞポリポリ

功名が辻で雑賀鉢姿がよく出る・・最近になって
雑賀鉢も注目されはじめたかな・・と思っていました。

でも・・雑賀衆甲冑隊の原一鉄殿の調査により
97年放送の「毛利元就」の尼子軍の兵士全員が
雑賀鉢をかぶっていたらしいです。

 

あの頃は、ドラマを見たけど、兜や鎧の細かいとこまで
見てなかったもんなぁ・・

原一鉄殿の調査レポートを紹介しときます(^0^)/
「偶然、レンタルビデオで発見したので借りました。
 総編集版ではないので、ものすごく長いですが、
 その分面白いです。

 その中で、元就のライバル、尼子経久が孫一のデザインに
 ぴったりすぎです!!赤い陣羽織や、弓の名手であって、
 そして、近習の兵士はすべて雑賀兜!最後は、新宮党など
 による内部分裂により崩壊!まさに何か雑賀衆を参考に
 してそうな感じです(笑)」

尼子って実際どうやったんやろね(^^ゞポリポリ

孫市まつりの報道(^^)v
昨日は、孫市まつり無事終了してほっとしました。
いろいろ準備してきたけど、やっとその成果を発揮できる日が来て
楽しく嬉しく、そしてあわただしく一日がすぎて行きました(^^ゞポリポリ
う〜〜ん、でもなんとかまあまあ出来てよかったです(^^)v

予想外のこともあったり、出来すぎのこともあったり
反省すべき点もあったけど、はじめて開催した昨年と比べると
大幅にいい祭りになったと思う。大成功です(^^)v(^^)v

4月2日付の新聞各紙でも取り上げられました(#^ー゜)v
なんと朝日、読売、毎日の三大紙とわかやま新報の
4紙に載りました(^^)v(^^)v(^^)v(^^)v


朝日新聞です。クリックすると記事読めます。写真がカラーになったりもします(⌒ー⌒) ニヤリ


わかやま新報、クリックすると記事読めます。写真のカラー化完了です(^^)v
前日の夕方には駅頭に並んでいたので参加甲冑武者たちも買って帰りましたo(^-^)o


毎日新聞。


読売新聞。

それにしても・・今回写真すくないですぅ。。。
撮影された方、写真提供くださいませm(__)m

「孫市まつり」レポートへ
記者発表!


今日午後2時から和歌山市役所5F市政記者クラブで
プレスリリースしました。はじめてやったので
どうなるかと思いましたが、その道に明るい孫市の会の
役員さんが助けてくれて無事できました(^^)v

胴は着けませんでしたが、陣羽織と兜で
簡易の装束をしました(^^ゞポリポリ
プレスリリースはこちらです。
http://magoichi.or.tv/news/NewsRelease0313.pdf



記者発表が終わってから
アポなしで急遽市長室をたずねました。
和歌山市長も快く応対してくれました(^^)v(^^)v

市長さま・・
急に妙な格好の者が乱入しまして失礼しました(^^ゞポリポリ


今日記者クラブのおねえさんに了解もらいましたので
凛々しい兜と采配棒の写真を公開します(^0^)/

はじめて兜をかぶって采配を持ったにしては、
格好いいですね〜決まっています(^^)v
兜姿の写真〜みんなに見せるんだって言ってくれました。

雑賀兜をかぶることで雑賀衆と雑賀孫市を
もっと身近に感じでもらえたら・・・
それは嬉しいことですねo(*^▽^*)o~♪

歩知歩知(ぼちぼち)いこう
14日に毎日新聞の取材を急に受けたこと書きましたが、
今朝の「歩知歩知(ぼちぼち)いこう」のコーナーに掲載されました。
掲載記事は、下のとおりです。



     上部と下部それぞれ拡大してお読みください〜♪

「4年ほど前、商店街若手らと町の活性化策を模索」とありますが、
当時は、平成13年度競争力強化事業の取り組みから始まりました。
商店街若手(市駅青年部のみなさん)が中心となり市駅のエース像を
探る取り組みがなされ、最終的に雑賀孫市に決まりました。雑賀衆の
本拠の街・孫市の街のはじまりですね。

当時、中心になって市駅地区をどうしようかと一生懸命尽力された
商店街若手のみなさんのがんばりがなかったら・・・雑賀孫市の街
というのは、まだ見つかってなかったと思います。

それから・・「甲冑姿で全国行脚」ってちょっと大袈裟ですね(笑)
最北は、山梨の石和川中島合戦絵巻だけど。。。
ということは、石和以外に米沢も上越も行かんなんかなぁ(^^ゞポリポリ


          原クンと市駅前で

記事のとおり市駅前関係者だけでなく和歌山市のあちこちの方が
応援してくれています。食祭WAKAYAMAの時は、足軽姿に扮した
児玉クンが、一緒に参陣してくれました。さらに、赤い甲冑を着け
周囲を明るい雰囲気に変えてしまう京極さんも居ます(^^)v

取材の日には、甲冑の袖や脛当てを縫ってくださったのりちゃんも
参加してくれました。食祭WAKAYAMAの時にも写真撮影してくれました。
いろんな方の支えでなんとかやってます(感謝)

そうそう・・食祭WAKAYAMAは、ビデオも撮影してくれてたんだ。
早く見たいなぁ〜
原クンのNEW籠手〜♪
原クンのNEW籠手〜♪

今日は、原君の新しい籠手と脛当ての試着がありました。
6日の「ぶんだら踊り」紀州雑賀鉄砲衆の演武の時に
初披露しようと急ピッチで用意しています。

縫い手協力は、トンガの鼻自然クラブで活躍されている
山崎さんです。山崎さん、ありがとうございますm(__)m
あとは、飾りを付ける作業〜がんばりましょうo(^-^)o
孫市奉納の法螺貝
20050626.jpg

昨日矢宮神社へ行って来ました。

鈴木真哉さんの「紀州雑賀衆鈴木一族」を読み直していたら
第四章の鈴木孫一重秀ところの一番最後に「矢ノ宮には、今も
孫一奉納の法螺貝一個があるということである」と書いていました。

用事のついでにお聞きしたところ。。。
「法螺貝は、あるけど奥に入っていて見せられない」との事で、
写真のみを見せてくれました。それを携帯で撮影して来ました。
これがそれです。

「鈴木孫市のほら貝」
(宇須山東禅寺山の砦を守る)  と書いてありますね(^^ゞポリポリ
伝鈴木孫市の鎧
20050624.jpg

先に紹介しました伝鈴木孫市の鎧の写真ありました。
鈴木雑賀一族研究会の雑賀会長さまが送ってくださいました。
これは、そのなかの一枚をスキャナーで取り込んだものです。

平成13年11月18日八尾市の光蓮寺で講師:上場顕雄先生による
記念講演「石山合戦と光蓮寺」があり寺宝展が開かれたそうです。
その時のレジメと パンフレットも同封してくださいました。
ありがとうございました。

これらを持って近々市博に行って教えてもらおうと思います。
今回は、材料があるだけに期待大です〜(*^▽^*)o~♪
孫市の甲冑
20050619.jpg

八尾市光蓮寺にある雑賀孫市の甲冑だと言われているものです。
今のところ、本の裏表紙に載っていたのを白黒コピーしたのしかありません。これなんって本だったかなぁ。。。
一度、実物を見たいです〜♪
雑賀衆ブース
SH531832.jpg

20050523.jpg

一時的ですが、空き店舗を利用して「雑賀衆ブース」を開設しました。
まごりん&やたっちや雑賀鉢と雑賀衆甲冑などを展示しています。