孫市の街まちづくり
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シンポジウムに参加して
第4回孫市まつり(2008.3.30)
シンポジウム「雑賀孫市の実像に迫る」

シンポジウムに参加して
                  KG AS氏
                           
硝煙の臭いが鼻につく。
降りしきる雨の中、物々しい集団が鉄砲を構えている。
「ドォーン」という破裂音が鼓膜に入ったとき、
「生」と「死」の境目までも打ち破られた気がした。

20080330-s02.jpg

過日行われた孫市まつりに参加した。
舞台公演の際にお世話になった「孫市の会」の方々が
精力的に運営されており、感謝の気持ちを込めて参加させて頂いた。

20080330-s03.jpg

午前中は、雑賀衆に扮し和歌山市内を練り歩いた。
和歌山城を出発し、祭の会場である本願寺鷺森別院まで
の道のりであった。午後から行われたシンポジウムでは、
鎧を着けて歩いた風景と、演じた舞台を思い出しながら
思案を巡らせることにした。

シンポジウムでは、専門家の立場から市博物館学芸員の
太田さんが当時の状況をわかりやすく解説して下さった。
そして、鈴木(雑賀)孫市と雑賀衆を戯曲の題材にした
脚本・演出の楠本さん。その戯曲を舞台で演じた岡崎さんが、
表現者として孫市や雑賀衆に対する思いを述べられていた。

このシンポジウムをコーディネイトしておられたのが、
大学の恩師でもある海津先生であった。

20080330-s01.jpg

雑賀衆に関し、特に興味深かった点が2つある。
一つは、雑賀衆が自治した雑賀惣国についての指摘であった。
雑賀惣国は、「中世最後の共和国」ではなかったのかと。
時は安土桃山時代。乱世においては、力が全て。
その中では絶対的な権限を手にした領主が、領民の生殺与奪を決定する。
そんな風潮のなかで、紀州の地では、各荘の代表者による合議制がとられていた。
 
もう一つは、宗教への信仰心である。
「生」と「死」が交錯する戦場において、雑賀衆は大集団を
相手に果敢に戦った。

舞台において、孫市が配下の兵士に「極楽が約束される」と、
戦闘心を鼓舞した場面があった。
平時における自治を、話し合いにより運営しようとした
理性的な一面を持ちながら、戦時においては信仰を心の武器に
大軍と渡り合おうとする。

また、孫市は、織田信長に鉄砲を向けたかと思うと、
その配下の豊臣秀吉に従うなど矛盾した行動をとっている。
この人間臭い部分が、私にとって何よりの魅力であった。

歴史の中に生身の人間を感じることで、街の至るところにある
碑や史跡、郷土史の文章が鮮明に心の中に入ってきたのである。
本堂でのシンポジウムは、史実の確認にとどまることなく孫市や
当時の女性の在り方など時代を生きた、生身の人間へとその議論と広げていった。
先人が紡いできた歴史をどう捉えるか。
人間史というふうに考えると、それはもっと身近なものになる。
歴史と自分との断絶を、鉄砲は見事に撃ち破ったのである。
      *
有意義な時間を過ごすことができ満足する一方で、
こうした経験を教育に生かすことができないかと考えた。

私は今回の機会を得て、自分の足で歩き、先人の軌跡に肌で触れ、
地域の人々との関わりを通して、ごく一部ではあるが、
和歌山の歴史や文化を吸収することができた。
そこでの学びは、単なる知識の習得にとどまらず、
史料に基づいた推論の組み立て方であったり、
コミュニケーションであったりと総合的なものであった。

地域の持つ遺産は、学びの原石である。これをうまく加工することができれば、
歴史や自然や文化を内包する「地域」を通して子どもを育てることができる。
豊かな学びの原石を教材化するには、やはり教員が積極的に地域に出て
学んでいくことが必要だと考える。
ともすれば断絶してしまう恐れのある地域文化を伝承・活用すること。
いわば学びによって、今までとは違ったかたちで、
地域に貢献できるのではないだろうか。

その為に、教員が地域文化のコミュニケーターとして、
和歌山の歴史や文化を学び伝えることに大きな意義がある。
「和歌山」という魅力的な素材を使わない手はない。
学びの原石はすぐそこに存在しているのだ。
和歌山の地で教育に携わる者として、また、和歌山の地で育った者として、
今後も何らかの形で「和歌山」を学んでいきたい。
(演劇集団和歌山団員)


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