孫市の街まちづくり
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巨人たちの城下町・和歌山


今日は、南海沿線リレーフォーラム「巨人たちの城下町・和歌山」
へ行って来ました。

開幕は、いつも雑賀鉄砲衆と演武してくれる黒潮躍虎太鼓さんによる
太鼓演奏で開幕しました。何度もご一緒する機会があるのに、じっくりと一観客として聞くのは、はじめてかも。。。今回の曲は、バチを何度も持ちかえ時折太鼓も換えたりと、なかなかの大曲でした。

主催者の挨拶が南海電鉄と読売新聞からありました。
そして、いよいよ和歌山出身の作家津本陽氏による講演
「和歌山巨人列伝」がはじまりました。



城下町和歌山がテーマだったのに講演の最初に雑賀衆に触れていただいたこと、すごく嬉しかったです。やはり紀州人が自由闊達に輝いていたのは、戦国時代の雑賀衆とあらためて感じました(^^ゞポリポリ

当時の人口が8万人、そこに鉄砲衆が8000人から一万人も居た!
誰か一人の大将に集結して戦国の世を戦っていれば天下も取れたかも・・と津本陽さんは、感想を述べられました。

この鉄砲を持ちえた経済力は、紀ノ川河口が今で言う新幹線の駅であったことだとおっしゃいました。つまり大阪など海が遠浅で大きな船が入らない・・そこで深く大きな船の入れる紀ノ川河口が日本各地の物流が集まってくる一大商業集積地だったということです。高野山の運上米だけでなく海船から川船に積み替えて関西の物流の拠点だったんですね。

これは、当時中国などとの貿易が盛んだった種子島に引き潮に乗って 片道3日で行けた要所であり、和歌山は、海運にも長けたところだったようです。

その後、御三家紀州藩の時代には、有名な豪傑が多く紀州藩に居た。それは、藩主がそういった逸材を集めようとスカウトしたことなどお話になりました。

和歌山には、学問研究に長けた者と営利に長けた者と活躍した巨人たちは、両極端に分かれるそうです。そこで両者の代表として学問研究に長けた、南方熊楠と営利に長けた、松下幸之助このふたりについてお話になりました。

仕事の都合で第一部で帰って来ました。
第二部の内容も大いに気になるところでした(^_^;)

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